たいどう彫刻村の創設者は頑固ジジィ

私だから頑固ジジイって言ってもいいの

よそから言われたら怒るけど 笑

 

私はすごく可愛がられた方で

毎週のように、たいどう彫刻村に行っていた。

じいちゃんは毎日、草むしりや掃除管理をしてた。

ばあちゃんは雑草と残していい草を教えてくれた。

 

雪で道が閉ざされて帰れなくなって泣いたら

じいちゃん怒る怒る 笑

じいちゃんの朝食は決まってカフェオレとソフト食パンだ。

 

私が馬の彫刻を見ながらクレヨンで描いてたら

「こうじゃない!」って真っ赤なクレヨンで上書きされた

泣いて怒った記憶がある

その後、悔しくて馬を描きまくってた 笑

 

おくやまたいどう先生のことは詳しくは知らない。

子供の時はなんて怖い像だって思ったりもした。

実家には先生の作品あるよ 笑

私の作品にチェンジ!チェンジ!なんて思うけど。

 

ごめんなさい先生 笑

 

先生の影響なのか私の高校時代には

「お前の人物デッサンは彫刻科かよっ」て言われたこともある 笑

石膏像のデッサンは見れたもんじゃなかったくらい下手だった 笑

 

いちご狩りなどもできたし

修学旅行の宿泊先とかにもなってたし

3段ベットが高いのなんの、でかいジャングルジムだよ笑

カブトムシ取りまくりできた。

瓶のファンタの自販機もあってそれを買ってもらうのが

楽しみだった。

川や池が綺麗な場所だった。

 

じいちゃんが亡くなったのは大学生の時で

ばあちゃんが亡くなって追っかけるように体調崩して亡くなった。

 

私は精神的にもボロボロだった。

いきなり2人も失ってたいどう彫刻村をつげって言って亡くなった

 

別の理由で大学もやめさせられそうだったけど

色々助けてもらって卒業して就職した。

 

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「太陽の丘」っていう場所

思い出して描いてみた。

よく遊んだ。

 

じいちゃんはバイカーがくるとよく怒ってた。

私は気にしてなかったけど。

山が削れちゃうからだね。自然と美術を愛してたから。

自然を崩さず、彫刻が生きるように展示したかったんだと思う。

 

撮影したいなら許可とってください。

私が繋ぐこともできます。

許可が降りるかは審査させてもらいます。

 

とにかく地元の方が助けてくれているので

感謝しきれません。

 

読者の方が許してくれるなら時々じいちゃんの話

書きたいです。

 

アンさんのブログだからいいかなぁー?

ねぇ、じいちゃん!仙人になるのはすぐには無理だよ。

 

だけど、一生懸命あの場所を作った記憶は

私の中で残ってるから、安心してくださいな。

 

では、この辺で。

 

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